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『水になった村』 本当に失われたもの [Arcives_ローカルな思想を紡ぐ]

ダムに沈んだ岐阜県揖斐郡徳山村に最後まで暮らしていた人々を描いたドキュメンタリー映画『水になった村』を見る。不覚にも知らなかったが、この徳山ダムは最後の大規模ダムとしてその反対運動なども相当有名だったらしい。50年以上前から計画され2006年に完成した。

90年代後半までそこに住んでいた人がいたことにも驚いたが、その暮らしぶりたるや、まさに連綿と続く暮らしの叡智の結晶である。山葵をとるためだけに片道数時間をかけ山に入り、必要な分を取ったら来年のために埋め戻しておく。雪深い冬に備えて山菜や野菜で大量に漬物を漬ける。全てが食べることにつながっている。食べるために恐ろしく手間をかけている。カメラを持った大西監督とばあちゃんが食事するシーンが何度も出てくるが、恐ろしく大盛の飯を食べている。
ダムが完成し、監督が移住先を訪ねる。「何でも買ってこなきゃいけない。お金が要って」と話すばあちゃんの声に力が無い。

涙が止まらない。

ダムは環境に良くないからダメだとか言う人たちがいる。村人の生活を犠牲にするからダメだと言う人たちもいる。
どちらもそうは思わない。そこに住む人たちが豊かになるならば作ればいい。食料が必要ならば干拓すればいいし、より多くの田に水を行き渡らせるためにダムを作るならば、先人たちもそうしてきたはず。ただ、工業用水としても農業用水としても、もはや必要性が薄れたことがはっきりしたダムを、住む人の暮らしを犠牲にしてまで作る必要はあったのだろうか。

過去にも数々の村がダムに沈んでいる。ダムに沈まなくても、他の災害で消えた村、そしてこれからは人口の自然減で、残念だが消えていく村は出てくるはず。徳山村はこうして大西監督の手で看取られて、骨を拾ってもらって、『水になった村』という映画はじめ写真集や書籍の形で立派に残った。

でも、過酷な自然の中で、生き生きと営まれてきた暮らしはもう残っていない。食べるための叡智とともに失われてしまった。


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